2009年02月19日

ただ一つ言えること

ただ一つ言えること

現在不登校やひきこもりの子供がいて、真っ暗闇の中にいる親は多いと思う。
心がこじれたとき、どれだけ悲劇になるのか、現在進行形で思い知っていると思う。
でも、心が原因と言うことは、心の原因を対処して、原因でなくしていけばいい、ということ。
平凡なカウンセラーや医者や専門家では、それを可能にするのは私たちの経験から言っても難しいと言える。
でも、世の中にはプロフェッショナルが存在するものだ。
野球でも、プロ選手は捨てるほどいるが、メジャーリーグでMVPをとれる選手は極端に限られている。
そのMVPクラスではないと他人の心の問題を解決することは難しい。
逆に言えば、MVPクラスなら、その効果は計り知れない。
今も苦しんでいる人に希望を持って欲しいと思います。
あなたがたが、お子さんが今苦しんでいるのは、もしかしたら、すごい能力を持った岩波先生に会っていないということに尽きるのかもしれない。

そのために私の家族の体験談を書いてみました。
今息子はアメリカのカリフォルニアにいます
posted by タカシ at 16:35| Comment(1) | TrackBack(0) | 岩波英知さん

息子がやる気になる・岩波先生への感謝と感激

息子がやる気になる・岩波先生への感謝と感激

大検に合格するため塾に通い出した。
更にバイトも始めた。
夢を実現させるためにアメリカに行くための費用だ。
全部独力で稼ぐらしい。
前向きなんてものではなく、同世代の人と比べてもはるかに先を進んだ考えを身につけていた。
息子も、この悩みを経験していなかったなら、岩波先生と出会うことはなかったし、そこに関しては「悩んでよかった」といっていた。
私もその通りだと思う。
雨降って地固まる、ということわざの通りだった。
家族全員ノイローゼに陥り、失ったものはとてつもなく大きかった。
しかし、なった以上はぐずぐず言わず、取り戻していくしかない。
が、最後の最後で立ち直らせることが出来ただけ幸せなことかもしれないが、
大きな大きな代償だった。
人の心の難しさや矛盾といったものを思い知った。

先生のことを、息子はしきりに褒めていた。
同時に自分に情けない気持ちもした。
合宿の期間は心がすっかり洗われたし、自分の問題もよくわかったし、自分の弱点も思い知った。
とても充実していた、と。
もう二度とあんな悲惨な思いは嫌だし、もうならないと約束すると断言したとき、息子が頼もしく思えたからよしとしよう。
あらためて、先生にお礼を言った。
私の人生で、あの方ほど感謝している人は他にいない。
ほんとうに素晴らしい方だった。
すごい方だったといったほうがいい。
息子も同じ意見だろう
posted by タカシ at 16:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 岩波英知さん

本物のカリスマセラピスト、岩波さんの人間的な包容力

本物のカリスマセラピスト、岩波さんの人間的な包容力

まずはセラピストと息子の信頼関係が生まれた。
そこから治療は始まる。
セラピストに信頼がないと治療以前の問題ということになる。
だから何をやってもダメだ。
いままでは、どのカウンセラーも専門家も、絶対息子の心を開いた人はいなかった。
私が感じた先生の器量はやっぱり本物だった。
この人に任せておけば間違いない、と意を強くした。
まだまだ 息子と私たちは大きな隔たりがあったが。
妹も先生のいる時間に帰ってきた。
さっそく先生と妹もうち解けた。
人の心奥深くに踏み込んでいける先生の特質に驚いた。
人間力が相当ある証拠だろう。
いままでのカウンセラーやセラピスト、専門家といった人たちが低レベルに見えた。
失礼だが、妻自身がかかっていたカウンセラーの方とも力の差が歴然だった。
妻も言っていたが、だからこそツテをたどって、推薦してくれたのだろう。
また先生と息子は二人だけで色々と話し合ったらしい。
その時何を話していたかわからないが、長い時間かかっていたということは積もる話もあっただろう。
また先生が息子の問題を洗いだしていたと言うことだろう。
終電もなくなり、先生は近くのビジネスホテルに泊まった(当然だが宿泊費は無理矢理私たちが払った)
忙しいのに、そこまでやってくれて私も妻も涙が出そうだった。
とても温かいハートを持った人だった。
妻と二人でそのあとも夜遅くまで、先生について話し合っていた。
何とかなるかもしれない。
いや、必ず何とかなる。
不登校の問題以降、はじめて我が家に希望が芽生えた。
それがなんとも心地よい。
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2008年12月19日

うれしい驚きとすごい効果 岩波英知さんのセラピー

うれしい驚きとすごい効果 岩波英知さんのセラピー

不登校やひきこもり(重い場合)は通いコースよりは、合宿のプログラムがいいという。
息子を参加させることにした。
今度は息子も嫌とは言わないだろう。
大好きな先生なのだ。
合宿の前までに先生と息子はカウンセリングを何度かした。
息子は先生に「治りたい!」「よくなりたい」「今の状況から抜け出したい!」という前向きな言葉をはじめて出した。
息子もあらためて苦しんでいると言うことがわかった。
すっかりいじけきって、絶望の状態にいた姿に私は正直腹が立っていた。
どん底に陥ったら、いや、どん底に陥ったからこそ立ち直ってやるという気概が何よりも必要だと思っていた。
情けないことに、岩波先生に出会うことで、前向きな気概が生まれだした。
その気持ちを何とかサポートしてやることが、親のつとめだろう。
そして、一気に挽回させなければならない。
年齢的にも立ち直らせるギリギリの崖っぷちにあるだろう。
全力でサポートしてやろうと決心した。
心のトラブルにとても識見が高い先生なら何とかしてくれるだろう。
そう確信を強く持っていた。それは妻とても同じだ。
合宿に通わせる日になった。
希望を持って送り出した


そして、希望を携えて息子は戻ってきた。
大きくなったなと感じた。
あれだけいじけきっていた表情が、とてもすっきりしていた。
あ、変わったんだな、と思った。
それは会話をしなくてもわかった。
大学に行きたい、といった。そして夢と目標を見つけたとも言った。
大検を受ける、と。
また「今まで迷惑をかけてすみませんでした」と妻と私に謝った。
私たちはジーンと来てしまった。
さっそく先生にお礼を言った。
posted by タカシ at 16:33| Comment(1) | TrackBack(0) | 岩波英知さん

2008年11月09日

子供の不登校体験記 一筋の希望から大きな大きな希望へ

一筋の希望から大きな大きな希望へ

電話で私も岩波さんと話した。
あ、この人なら何とかしてくれる、と直感があった。
何かが違うと感じた。
人間としての器量が圧倒的に大きいと感じた。
妻ももちろんそう感じていたから、私に熱心に勧めていた。
子供の心の問題に対して、とてつもない深い造詣があった。
この人ならきっとと希望が芽生えた。
息子を何とかして電話口に引っ張り出さなければ、と思った。
しかし、息子がいきなり電話に出るはずもない。
絶対、引きずってでも息子を岩波先生のところに連れて行かなければ、と思った。
それぐらい信頼できると感じたし、何より器量の大きさの裏にある自信という物を感じ取っていた。
しかし、息子は決して何をしようともしない。
困り切ってしまった。
無理矢理部屋に押し入ってでも電話させたかったが、もう一度あれをやると、どうなることになるか怖かった。
逆にかたくなになって、絶対受けないと言いかねない。
しかし、岩波先生が出張の帰りに立ち寄ってもいいですよ、と言った。
どうやら出張の途中に私たちの最寄り駅を通るらしい。
偶然だったが、こんなにラッキーなことはない。
(今はもう出張訪問はあり得ないことです)
私と妻は是非に、といった。
そして、先生にわざわざ忙しい中、家に来ていただいた。
はじめにお目にかかったが、電話で感じた以上のあふれるパワーが出ていた。
と書いたらおかしいが、何か持っているという感じは実際に感じた。
この人なら、という意をさらに強くした。
不思議だが、まだなにもやってもらっていないのに希望が出てきた。
いい予感は、それがあたるし、悪い予感はやっぱり的中してしまう。
この長男の問題はいつもそうだった。
悪い予感ばっかりあたっていたが、これからは違う。
ちょっとしたいざこざがあったが、何とか先生と息子を引き合わせることができた。
岩波先生は二人だけで話したいといった。
そのとき何を話したのかわからない。
けっこう時間が経って、二人が一緒に二階から降りてきた。
まさか息子が降りてくるとは思っていなかった。
嬉しい驚きだった。
息子は岩波先生のことを受け入れたと言うことだった。
妻は感激で涙をぬぐい始めた。
何をしたんだろう、と私はあっけにとられていたほどだ。
息子は先生だけには心を開いていた。
完全に開いていたとはこの時点では言えないが、あの短い時間でここまでしたのは驚嘆した。
この問題の根っこは深い、と先生は言っていた。
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2008年10月22日

とあるきっかけから…不登校のカリスマセラピストへ

とあるきっかけから…不登校のカリスマセラピストへ

最初反対だったが、妻は自分自身の鬱病のためにカウンセリングに通うようになった。
妻は心が壊れる寸前だった。
通っても、子供が原因で起きているだけに、そこを解決できないと意味がなかったし、カウンセラーも話を聞くだけに終始したらしい。
とても頑張る性質だけに、張りつめた心がちぎれてしまったのだ。
抗うつ剤も服用していた。
妻が信頼していたカウンセラーのYさんにダメもとで、ひきこもりを解決してくれる人がいないか聞いたそうだ。
Yさんはカウンセラーだけあって、いかにひきこもりを脱却させるのが難しいか知っていた。
Yさんも色々と友人や同業者などに尋ねてくれたらしい。
ある時、 「友人のカウンセラーの人がいいセラピストを紹介してくれる」という。
私は今までの不登校とかひきこもりの専門家の人を知っているため、懐疑的だった。
だが、妻はその専門家の人が推薦するんだから、とまずはYさんの友人に会うことになった。
そして、心理セラピーや、不登校やひきこもりの克服プログラムをやっている岩波先生のことを教えてくれた。
妻が乗り気だった。
是非会いたいと岩波先生とコンタクトをとろうとしたが、同じ悩みで苦しんでいる人からひっぱりだこだったため、なかなか連絡を取るチャンスがなかった。
そこでYさんの友人が仲介してくれて、コンタクトがとれた。
posted by タカシ at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 岩波英知さん

2008年05月29日

子供の不登校・引きこもりが解決しないことへの脱力感

不登校・引きこもりが解決しないことへの脱力感

しかし、残酷なことに息子と私たちの状況は何にも変わらなかった。
その翌朝からすべてが一変していて欲しいと願っただけに、脱力感はものすごいものだった。
息子の完全なひきこもり生活が続いた。
もう自分の力では限界だった。
最終手段を使ってしまっただけに、無力感は圧倒的だった。
かといって今まで専門家に何をやらせてもダメだった。
もうこちらの気力も尽き果てた。
posted by タカシ at 22:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 不登校について

2008年04月19日

子供の不登校体験記 無理矢理引きこもる部屋に突入ス

無理矢理引きこもる部屋に突入ス

ついに私と妻は爆発し、ドアをぶちこわして、長男を引きずり出した。
「何で生んだんだ! 生まれてきたくなんかなかった。勝手なことしやがって! お前らの子供なんか誰がなりたがるもんか」
ドアの向こうから聞こえてくる声に私も妻もキレた。
私は狂ったようにドアに体当たりをした。
妻もなにやら叫ぶ。
やっと 鍵が壊れた。
それでも 長男は必死でドアを押さえつけていた。
妻と私でドアを押し開けた。(長女はおびえたようにその修羅場を見ていたと思う)
ついに突入できた。
長男は暴れた。物を投げつけてきた。
私の唇を木箱があたったことで切れた(5針くらい縫った)
ひるまず無理矢理押さえつけた。
息子は押さえつけられながらも、抵抗し、わめき続けた。
思いっきり息子を何度も殴り、わめくのと抵抗をやめさせた。
私は鬼のような形相をしていたと思う。
長男は観念したのか抵抗をやめた。
妹が部屋の外から泣きわめいているのが聞こえる。
私も妻も泣いていた。
息子は無表情だったが、、一気に堰を切ったように泣きわめきだした。
なぜ部屋に押し入ったのか、私はすっかり忘れていた。
部屋に無理矢理入ったところで、私も妻も何を息子にできただろう。
まったく思い浮かばなかったし、なんと声をかけていいのかわからなかった。
妹はいつのまにか家を飛び出していた。
急に妻はヒステリックに何かわめきだした。
どれだけ息子のことを思っているのか、心配しているのか心の内をぶつけていた。
私は「何でだ? 何でなんだよ」とばかりいっていたとおもう。
この出来事はあまりに気が動転していたので、正確には全く覚えていない。
いまだに霞がかかったようにしか思い出せない。
でも確かに起こったことなのだ。
私も妻に次いで、心にたまっていたことを息子にぶつけた。
息子はそれでも心を開かなかったし、何でこうなったのか理由も言わなかった。
とにかくずっと部屋に引きこもることはしないことを約束させた。
そして、外に徐々に出ること、また私たちに言いたいことがあったら言え、ということも告げた。
もう高校に行かなくてもいい。
もしいやなら大検も受けなくてもいい、とも言った。
ただこんなふうにひきこもるのはやめてくれ、と。
たまっていたものをすべてはき出したと思う。
posted by タカシ at 16:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 不登校について

2006年09月20日

子供の不登校体験記 「死ね!」「消えろ!」 家族全員がノイローゼへ

「死ね!」「消えろ!」 家族全員がノイローゼへ

大検についてもまったく手の届かない距離になってしまった。
部屋から出ろといっても返事がないか、音楽を大きくして私や妻の忠告をシャットアウトするか、「黙れ」「出てけ」「死ね」「うるさい」「消えろ」とヒステリックに叫ぶかだけだ。
決して鍵を開けようとはしなかった。
いつもカーテンを閉め切っていたため、外からも何をしているのかわからない。
深夜になっても電気がずっとついていた。
昼と夜の生活が逆転した。
いっそ息子と一緒に……という最悪な考えも何度も浮かんだ。
その時、娘はどうなるんだろう。
妻は? いっそのこと一家でか? 
恐ろしいおぞましい考えを振り払おうとしたが、ますます私の心に忍び寄ってきた。
妻の鬱病のこともある。
妻の自殺も怖かった。
このままだと必ず最悪なことになる。何とかしなければならない。
妹が「あけて」と言っても、無言で反応がなかった。
妹にはヒステリックに罵ることはしなかった。
私たちは何どもドア越しに、言い合いがあった。
閉じこもっている息子を妻も私もなんども怒鳴った。
しかしよけい状況を悪くした。
その家庭の雰囲気に、妹も極度にふさぎ込むようになった。
家庭の闇から妹も逃れられない。
長男にかかりっきりだったため、まったく妹に構えなくなった。
妹も次第に心の問題を起こすようになった。
万引きや夜遊び、無断外泊などこの年代の娘がおこす問題のほとんどを起こした。
長女は長女で学校での友達や担任とのトラブルを起こした。
長男には過干渉・過保護、そして長女には愛情不足という悪循環に完全に陥った。
そうせざるを得なく、どうしようも手だてがなかった。
長男はもがき苦しんでいたが、私たちもその状況を呪った。
おまえがいるからこんなに苦しむんだ!
しかし、そう口に出したらおしまいだった。
でも、恐ろしい思考に私もとりつかれていた。
だからその鬱屈をよけいに長男をドア越しに感情的になじることもあった。
反応は相変わらずだった。
posted by タカシ at 19:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 不登校について

2006年09月07日

ついに子供が部屋から一歩も出なくなる。完全な引きこもり

ついに子供が部屋から一歩も出なくなる。完全な引きこもり
長男は頭がぶっ壊れそうだ、とよく言っていた。
ある一線を越えてしまう恐怖が強まってきた。
振り返ると、ほんとうにギリギリのところだったと思う。
心は鬱々とため込んでいると、反動でいつか暴発してしまうものだそうだ。
しかし、様々な専門家に相談しても解決できなかった。
ついに長男は家からではなく、部屋から一歩も出なくなった。
部屋から出るときは、トイレの時だけだ。
だから、それ以来、息子の顔を見ることもなくなった。
いつも部屋に鍵を閉めていた。
鍵付きの部屋を作ってしまったことを後悔した。
後悔後悔の連続だ
世間にも完全に無職でずっと家にいる息子がいるというふうに知れ渡っていた。
妻の友達も、昔はちゃんと挨拶をするいい子だったのに、と心配顔をしていた。
教師の息子なのに、という陰口も聞こえてきた。
自分に腹が立つとともに情けなかった。
私も心がすさみ、病みが重くなっていった。
いつもため息の連続で、明らかに衰弱していく私を同僚は気遣ってくれた。
しかし、息子のことは絶対口に出さなかった。
posted by タカシ at 22:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 不登校について